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Interview
04

人工衛星というフィールドでエンジニア人生を極め続ける。

F.K46歳

宇宙開発の最先端で、人工衛星の設計を担当。

私がこれまでに関わった人工衛星3基は、現在、地球を周回しています。はじめての仕事となった衛星が打ち上げられたのは、まだ20代のとき。担当は通信系の設計で、最初の試験モデルから関わり、約3年にわたって作業を行いました。
ここ三菱電機鎌倉製作所は、日本初の実用衛星の開発を行ったところで、国内外の様々な分野の人工衛星やその搭載機器の開発・製造を手がけています。宇宙開発のトップメーカーでの人工衛星の設計。それは、大きなやりがいに満ちています。そして自分の携わった人工衛星が無事打ち上がる。衛星分離の瞬間はもちろん、設計した通信システムによって地上に送られてきた画像がモニターに映し出されたときは、感慨深いものがあります。

衛星開発のプロセスを理解し、ついにシステム全体の設計を担う。

30代になると、衛星開発プロジェクト全体のサポートを担当することに。プロジェクトマネージャーの指示を生産現場に伝えるとともに、各作業部門の担当者との詳細打ち合わせ、仕上がりの評価作業、スケジュール設計やコストコントロールなどを行い、プロジェクトのスムーズな進行を補佐しました。
ひとつのプロジェクトには数百人もの人が関わるため、各部門間の調整は困難を極めます。このときの経験は、交渉力やコミュニケーション力の向上につながりました。そして、何より人工衛星開発の全体像を把握できたことは非常に大きな収穫でした。
その後は、開発の統括部門に異動し、衛星のシステム全体の設計を担当しました。発注元から衛星の使用目的についてヒアリングし、その目的に叶う軌道や観測方法を割り出すことからのスタート。通信はもちろん、電気系のシステムや回路設計、宇宙空間での姿勢制御までの全体設計を担いました。このときが40代のはじめ。それまでのエンジニア人生のすべてを存分に活かせたプロジェクトでした。

モノづくりの原点

高校時代から電子工作に興味がありました。家にあるいろいろな電化製品を分解して、「ああ、これはこういうふうになっているんだ」と納得していました。電化製品の仕組みを理解していったその経験から、エンジニアに憧れるようになり、この世界に飛び込んだのです。

進化し続ける環境で、エンジニアとしての挑戦は続いていく。

今、進行中のプロジェクトは日本初のミッションを有した衛星です。これまで私が携わった衛星よりも軌道高度が低いため、大気の影響を考慮しなくてはいけません。酸素の状態も違うため、その影響で電線の被覆が分解されて薄くなり、絶縁が不完全になってしまいます。そこで、被覆材の厚みを増やすか、厚くすると重量も増すので材質そのものを変更するか、いろいろ試行錯誤を繰り返している最中です。また、大気がブレーキになって、高度や姿勢の保持が難しくなることも考えられ、これまでにはなかった技術の開発も求められています。加えて、いかに小型化するかという課題もあります。
打ち上げには常に新しい目的があり、その達成のためには新しい技術の開発も不可欠です。この進化し続ける環境こそ、チャレンジの場。毎回、好奇心と新鮮な気持ちが湧き上がります。この場で、これからも、エンジニア人生を極めていく-私の挑戦は続きます。

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